「地方の名士」企業として知られる鈴与の本社(静岡市)

地方には地元経済を支え、地域社会に貢献する「名士企業」が存在する。旧清水市(現静岡市清水区)に本社を置く鈴与は、まさにそのような会社だ。創業は1801年で、220年を超える国内でも非常に長い歴史を持つ老舗企業の一つ。その鈴与が業界を驚かせる出資で注目されている。

鈴与の倉庫(静岡市・清水港)
鈴与の倉庫(静岡市・清水港)

スカイマークの筆頭株主となり、航空業界を驚かす

鈴与は荷主と船主との間に介在して積荷の仕建てや受け入れなど荷物の取り次ぎを専門とする廻船問屋として発足した。1917年に6代目鈴木與平が経営の多角化を推進。現在も建設や食品、情報など幅広い事業を展開しているが、物流事業が柱であることに変わりない。

鈴与のM&Aや出資の多くは物流関連だが、それ以外の業種への出資で経済界を驚かせるていることもしばしば。最近では2023年11月に投資ファンドのインテグラル(東京都千代田区)から国内3位の航空会社であるスカイマークの株式を取得して、同社の筆頭株主に躍り出た。

スカイマークの筆頭株主となったことが航空業界に衝撃を与えたのは、鈴与が2008年に設立したフジドリームエアラインズ(FDA)を傘下に持っていること。FDAは静岡県の悲願だった静岡空港のオープンを受けて、鈴与が「名士企業」の役割を果たすべく設立した地元密着型航空会社だ。2010年からは静岡空港に加えて県営名古屋空港も拠点空港とし、地方路線を拡大している。

静岡空港を離陸するFDA機
静岡空港を離陸するFDA機

問題はFDAが日本航空(JAL)とコードシェア(共同運行)便を持つなど、関係が深いことだ。スカイマークは2015年に経営破綻し、ANAホールディングスがスポンサーとなって経営再建にこぎつけた。現在もANAは12.9%のスカイマーク株を保有する。

2023年9月にインテグラルから鈴与へ株式を引き受けないかとの働きかけがあり、スカイマーク株を取得したという。FDAは地方空港間を結ぶローカル路線、スカイマークは羽田空港を中心とする幹線が主力で、相互補完ができる。鈴与によるスカイマークへの出資は、FDAとの業務提携が狙いだ。

スカイマークも業務提携に前向きで、2023年11月の記者会見で洞駿社長が「ウィンウィンの関係でそういう事柄(業務提携)、これはやってみようかという話が出てくれば、大いに検討して実現していかないといけないとは思っている」と答えている。

共同運行やダイヤのすり合わせが実現すれば両社間での乗り継ぎが容易となり、静岡空港の利便性が高まる。FDAの収益拡大だけでなく、地元のビジネスや観光での集客増にも期待できるだけに「名士企業」にふさわしい出資と言えるだろう。

ただ、ANAとJALは競合関係にある。スカイマークの筆頭株主になったとは言え、2024年3月21日に発表したインテグラルからの株式追加取得(5.9%)が完了しても持ち株比率は18.9%。12.9%の株式を保有するANAの意向を無視することはできない。スカイマークとの業務提携を実現するには、両社との交渉がカギとなる。

注目される静岡ガス株の買い増し

2023年6月には都市ガス4位の静岡ガス株を1.01%買い増して持ち株比率を33.02%に引き上げ、エネルギー業界を驚かせた。静岡ガスは鈴与が本社を置く静岡市を地盤とする都市ガス会社で、工業用ガスが主力。1996年に稼働した清水エル・エヌ・ジー袖師基地を活用し、周辺地域への卸供給を拡大している。

同業界が注目しているのも同基地だ。日本海にまで伸びる長いパイプライン経由で他社にガスを供給するほか、LNG(液化天然ガス)需要が高まるアジアへの輸出拠点になるなど、静岡県内にとどまらない巨大なガス流通ネットワークの要衝だからだ。

同業界では同基地を石油元売り最大手のENEOSホールディングスが水素事業の拠点としての活用を検討しているとの見方もある。鈴与子会社の鈴与商事は東海地方におけるENEOS最大の石油販売特約店で、両社の関係は深い。2022年4月に静岡市が環境省の脱炭素先行地域に指定されたのを受けて、同9月に同社とENEOS、静岡ガスの3社共同で清水ソーラーエナジーを設立するなど、清水港周辺の次世代エネルギーによる街づくりでも提携している。

ENEOSとしては静岡ガスのLNG基地を次世代エネルギーとして注目される水素事業の拠点として活用することで、脱炭素化社会での生き残りを図るのではないかと見られている。もっとも、静岡ガスには東京ガス(持ち株比率7.8%)や中部電力(同1.9%)など、水素ガス事業でENEOSと競合しそうな株主が存在する。

鈴与は静岡ガスの筆頭株主ではあるが、子会社ではない。静岡ガスとENEOSの大型プロジェクトでは、東京ガスや中部電力との調整が必要だ。鈴与は静岡ガスの持ち株比率を2013年の8.27%から買い増しを続けており、今後の動向が注目されている。

鈴与のM&A年表

年 月出 来 事
1801年 初代鈴木與平が駿河国清水湊で廻船問屋「播磨屋」を創業
1917年 6代目鈴木與平が缶詰製造やガソリンスタンド、機械製造など多角経営を始める
2002年10月 UPSジャパンにスズヨ・フリッツ・ロジスティクス・サービスを譲渡し、UPSと提携
2002年10月 医療機関向け医薬品製造の清水製薬を味の素に売却
2008年6月 静岡空港を拠点とするリージョナル航空会社のフジドリームエアラインズを設立
2010年11月 ケーブルテレビ局運営のドリームウェーブ静岡をTOKAI(現TOKAIホールディングス)<3167>傘下のビック東海に売却
2012年4月 子会社の鈴与シンワート<9360>を通じてWEBセキュリティーやメール連携などのソリューションを手がけるGBRを完全子会社化
2013年2月 子会社の鈴与商事がJXホールディングス (現ENEOSホールディングス)<5020> 傘下のJX日鉱日石エネルギーとガソリンスタンド事業を統合
2020年6月 ビッグデータの収集・分析を手がけるデータビークルに第三者割当増資で出資
2020年6月 オフィス業務向けAIソリューション事業のアライズイノベーションを子会社化
2023年6月 静岡ガス<9543>株を1.01%買い増し、持ち株比率を33.02%に引き上げ
2023年11月 スカイマーク<9204>株を13%取得し、筆頭株主に
2024年1月 工業用ガス運送事業を展開する東西運輸を完全子会社化
2024年3月 静岡大学発ベンチャーでバイオ由来新素材を手がけるS-Bridgesに出資

この記事は企業の有価証券報告書などの公開資料、また各種報道などをもとにまとめています。

文:M&A Online